近年、工場の自動化が当たり前となり、工場の機械の周りには殆ど人がいない。簡素化され、暑くても、寒くても、臭くても、暗くても何一つ文句も言わずに、予定通りせっせと生産に寄与している。優れものである。工場の生産コストは下がる一方の優秀な作業マシンです。

工場側としては、まだまだスピードアップ、効率アップを期待し改良を図り優れものの機械に変身させるべく更なる期待し、改良を続けています。

そして期待通りの良い稼ぎ頭になっています。

しかし、

「このままで今後も期待通りに動いてくれるのか」

心配が脳裏をかすめました。

我々は

「機械の能力以上の要求をしていないだろうか」

…と。

機械は人間のように悲鳴をあげる事は出来ないので、最後の信号として止まるだけです。

その時、コストダウンしたつもりがコストアップになります。

工場における責任者、担当者は自身が管理するこの工場は1分止まった場合はいくらの損害が発生するのか判っている人は、あまりいないのではないだろうかという疑問を感じるのです。

もし、工場の責任者がこのあたりの機械の稼働能力の限界と、見た目のわかりやすいコストダウンにおけるリスクが判っていたら、無理な能力改善は出来ないでしょう。

以前、「技術の継承」として書かせて貰いましたが、機械の精度、なじみ、部材の変動を考慮しながら操作・運転するには5年から10年の現場経験が必要です。

機械を連続作業に耐えうるようにする為のポイントを熟知する必要があるのです。

コストを意識するということは、故障してから修理する場合と、故障する前に整備(故障しないように)する場合の、両面で検討する必要があります。

はたしてこの二つの時間(つまりコスト)の差はどれ位出るのか常に考える必要があり、日頃携わっている方なら判断出来ると思います。

現実問題として故障してから修理では、とんでもない損害が発生する結果となるのです。

近頃では間違ったコスト意識が旺盛で、機械の気持ち(能力)も理解せず、機械管理者と改造実施業者間で取引が行われていることを目にしたり、耳にしたりすることが多くなりました。

そのような話を耳にすると、はたして工場を預かる長として正しい買い物が出来ているのか、出来ていないのかの判断が、出来ている方は少ないのではないかと心配になります。

見た目のコストと工場停止というリスクを両面考えていると信じておりますが、最近は見た目のコストにだけ目が向いているのではと危惧している次第です。

同時に工場の運用においても以前は先輩が後輩に手取り足取りして技術の継承を行ってきましたが今はどうでしょうか。

技術継承をおろそかにするという見た目のコストダウンの結果、後輩が先輩の指示通り行動出来るのかという疑問も湧いてきます。

人間関係の難しさ、当たり前と思っていても当たり前ではない。それでは如何したらいいのか。そこには厳しく当たり、当たり前に判断出来る様地道に指導し、時が経てば間違いなく同じ立場にある事を理解させていく。

甘い指導はお互いの為にはならない…。

この厳しさ、この判断が本当の意味でのコストダウンに繋がると信じております。

顧問 川上